第9回Jリーグクラブライセンス交付規則を読み解く(2017年改訂版)
今回取り扱うのはクラブライセンス制度最後の基準・人事体制・組織運営基準。
人事体制・組織運営基準について説明した後で各種基準のまとめも入れています。
順番がイレギュラーなのはまとめを入れた関係上です。あしからず。
<Jリーグクラブライセンス交付規則を読み解く(2017年改訂版)・目次> | |
回数 | 内容(交付規則の対象条文) |
---|---|
第1回 | クラブライセンス制度導入の背景 |
第2回 | クラブライセンス制度の目的と概要(1条、4条、7条) |
第3回 | クラブライセンス制度に関する用語説明(10条~19条、21条~23条) |
第4回 | ライセンスの申請・審査・決定フロー(24条~26条、28条) |
第5回 | ライセンス交付上(決定後)の取扱い(8条、15条、20条、41条) |
第6回 | 競技基準、法務基準(33条、36条) |
第7回 | 施設基準(34条) |
第8回 | 財務基準(37条) |
第9回 | 人事体制・組織運営基準、各種基準の小括(35条) |
第10回 | AFC規則とACL出場権、AFC規則との比較(2条、9条、29条~30条、41条) |
第11回 | クラブライセンス制度上の制裁と交付後の違反(6条、8条~9条、23条) |
第12回 | 上訴制度、その他の改正項目(12条、17条、27条、40条) |
第13回 | J3クラブライセンス交付規則について |
第14回 | クラブライセンス制度の全体像、おわりに |
[Ⅰ]人事体制・組織運営基準の概要
それでは人事体制・組織運営基準の目的から確認していきましょう。
交付規則 第35条〔人事体制・組織運営基準〕
(1) 人事体制・組織運営基準の目的は、以下のとおりである。
① ライセンス申請者がプロフェッショナルな方法で運営管理されること
② ライセンス申請者が、一定のノウハウおよび経験、スキルを有するスペシャリストを有すること
③ トップチームおよびその他のチームの選手が、資格を有するコーチによるトレーニングを受け、必要な医療スタッフによりサポートされること
このように、人事体制・組織運営基準(以下、「人事基準」という。)とは、適切な資格・スキル・経験を持った人材を雇って運営しているかチェックする基準です。
規則番号 | 等級 | 項目 | 記号 |
---|---|---|---|
P.01 | A等級 | クラブ事務局 | |
P.02 | A等級 | 代表取締役 | △ |
P.03 | A等級 | 財務担当(ファイナンスオフィサー) | △ |
P.04 | A等級 | 運営担当(オペレーションオフィサー) | △ |
P.05 | A等級 | セキュリティ担当(セキュリティオフィサー) | △ |
P.06 | A等級 | 広報担当(メディアオフィサー) | △ |
P.07 | A等級 | 事業担当(マーケティングオフィサー) | △ |
P.08 | A等級 | コンプライアンス・オフィサー | ☆ |
P.09 | A等級 | 医師(メディカルドクター) | ○ |
P.10 | A等級 | 理学療法士(メディカルスタッフ) | |
P.11 | A等級 | トップチーム監督 | |
P.12 | A等級 | トップチームのアシスタントコーチ | |
P.13 | A等級 | アカデミーダイレクター | △ |
P.14 | A等級 | アカデミーチーム監督 | △ |
P.15 | A等級 | アカデミーチームコーチ | |
P.16 | A等級 | 安全・警備組織:警備員 | |
P.17 | A等級 | 権利と義務 | |
P.18 | A等級 | ライセンス申請書類提出後の変更通知義務 | |
P.19 | A等級 | ライセンス交付シーズンにおける後任の選任義務 | |
P.20 | C等級 | 法務担当(リーガルオフィサー) | ◆ |
P.21 | C等級 | テクニカルダイレクター | ☆ |
P.22 | C等級 | トップチームのゴールキーパーコーチ | ☆ |
P.23 | C等級 | トップチームのフィットネスコーチ | ☆ |
※クラブライセンス制度導入時との比較を記号欄で示している。各記号の意味は次の通り。 ☆:新設の規定 ○:大きな変更あり △:軽微な変更あり ◆:別の基準から移動した |
人事基準の判定は、該当の資格と経験を持つ人材を配置しているかという点に集約されます。
その中でもP.03「財務担当」とP.05「セキュリティ担当」は特に重視されているようです。
というのも、P.03からP.07のうち上記を除く役職については、1年以上の実務経験を積んでCLAが発行する○○適正証を受領するかJリーグの課程終了によって資格を有することができます。
一方、財務担当には会計参与を置くか*1、一定の資格を持つ者または3年以上の実務経験を積んでCLAが発行する財務担当適正証を受領した者を置かなければなりません。
交付規則 P.03 財務担当(ファイナンスオフィサー)(A等級)
ライセンス申請者は、経理・財務を担当する常勤の取締役を置き、かつ、以下のいずれかに該当する者を財務担当(ファイナンスオフィサー)として置かなければならない。
① 会計参与
ただし会計参与を財務担当とする場合は、会計参与との連絡担当となる常勤の財務担当社員を置くこと
② 常勤の経理・財務担当で、課長職以上の者で、以下のいずれかの資格を有する者
イ. 公認会計士または税理士
ロ. 経理・財務分野において3年以上の実務経験を有し、Jリーグから発行される「財務担当適正証」を有する者
また、セキュリティ担当も、一定の資格を有する者またはJリーグの課程に参加し、且つ、1年以上の実務経験を積んでセキュリティ担当適正証を受領した者でなければなりません。
交付規則 P.05 セキュリティ担当(セキュリティオフィサー)(A等級)
ライセンス申請者は、安全および治安に関する事項について責任を有するセキュリティ担当(セキュリティオフィサー)として、以下のいずれかに該当する者を置かなければならない。
① 国内法令による、警察官あるいは警備員としての証明を有する者
② 所定の課程の履修に基づいて国家が認めている機関が発行する、安全と保安についての免許を有する者
③ Jリーグが特定する、安全と保安に関する課程に参加し、かつ、最低1年の実務経験を有し、Jリーグから発行される「セキュリティ担当適正証」を有する者
Jクラブの財務担当に適切なスキル・経験を有した人材を置くことは非常に重要です。
ここに不適切な人材を置いてしまうと特に重要な財務基準にまで悪影響を与えます。
また、スタジアム内での安全管理もJリーグの生命線。
数ある担当の中でもこの2つの役職が重視されるのは当然と言えるでしょう。
また、クラブライセンス制度導入によって、P.10「理学療法士(メディカルスタッフ)」とP.13「アカデミーダイレクター」といった専門職・役職が新たに要求されることになりました*2。
人事基準を通して、こうしたプロフェッショナルな人材の配置を義務づけることで、Jクラブ全体の水準を引き上げるという意図の表れではないかと思います。
一方で、2015年に起こった愛媛FCの粉飾決算問題は人事基準の限界を示しました。
愛媛FCの粉飾決算にJリーグ側が見解 第三者委員会を設置、さらなる原因追及へ
《スポーツナビ 2015年1月16日付》
――ライセンス制度の基準でガバナンスの問題もあったと思うが、それには引っ掛からないという認識か?
人事組織基準というのがありまして、財務担当者を置きなさいといったものがあります。ただ、『人(を置く)』としての要件はそろっていて、そこには引っ掛かってこないんです。ただ少し話を広げますと、クラブライセンス制度においては監査法人、または公認会計士の適正な意見表明というのがまず前提になっています。
(中略)
そこの、愛媛側の公認会計士の監査の中で、たとえば収入の水増し等について見落としがあったのは事実だと私は思っています。従って、有資格者で唯一の法人・個人がやっているものを前提として、これはJリーグの審査だけじゃなくて株式の投資家保護を含めて日本のシステムとしてそうなっていますから、そこのところは正しいという前提に立たないと、日本のいろいろな会計システムが成り立たなくなってしまうわけです。これがライセンスのガバナンスに抵触しているということにはならないです。
あくまでも人事基準は人材配置に係る基準であり、その内容までは問えないということ。
もちろん、その内容については他の基準でチェックすることになるでしょうし、CLAのチェックが入るので以前よりもよっぽどマシではあるのですが。
[Ⅱ]人事体制・組織運営基準に関する改正項目
人事基準はクラブライセンス制度導入時からの改正項目が多い基準です。
まず、A等級基準にコンプライアンス・オフィサーが新たに設けられています。
コンプライアンス・オフィサーは、ソーシャル・フェアプレーを管轄する役職。
そして、ソーシャル・フェアプレーとは、反社会的勢力との関係遮断、差別の根絶、Jリーグとして社会的責任を果たすの3点から構成されています*3。
交付規則 P.08 コンプライアンス・オフィサー(A等級)
(1) ライセンス申請者は、以下の事項について責任を有するコンプライアンス・オフィサーを置かなければならない。
① クラブに所属する全員に対するソーシャル・フェアプレー(反社会的勢力との関係遮断、差別の根絶およびJリーグとしての社会的責任の履行)の浸透に向けた研修の統括
② ソーシャル・フェアプレーに抵触する事案(いわゆる有事)が発生した時の対応
③ クラブに関わる者(ファン・サポーター等)のソーシャル・フェアプレーの啓発
浦和レッズ差別横断幕事件(「JAPANESE ONLY」横断幕の事件)が引き金となり*4、Jリーグは2014年以降ソーシャル・フェアプレーの推進を目指しています。
コンプライアンス・オフィサーの配置もそうした取り組みの一貫*5。
なお、新設の役職だからかもしれませんが、P.02からP.07までとの兼任が認められています*6。
この他に、トップチームのゴールキーパーコーチと、トップチームのフィットネスコーチが新設されていますが、これはACL規則との整合性によるもの。第10回で説明します。
次に、同じく新設されたテクニカルダイレクターの役割は次のように説明されています。
交付規則 P.21 テクニカルダイレクター(C等級)
(3) テクニカルダイレクターは、優れた管理能力やビジョンを有し、クラブの技術育成において指導力を発揮することとする。
(4) テクニカルダイレクターは、以下の事項について責任を負うものとする。但し、これに限定はされない。
① クラブの哲学を確立および/または実施すること
② ユースと選手の育成体制・プログラムを確立すること
③ 技術基準が維持され、向上されることを確実にすること
④ すべての技術および育成プログラムを監視し、評価すること
⑤ 人材発掘(スカウト)
⑥ クラブユースアカデミーの管理
⑦ コーチやスカウトの採用と管理
⑧ 試合分析プロセスの管理
ただ、この基準を読んだだけでは範囲がかなり広く、今ひとつピンときません。
調べた限りでは、テクニカルダイレクター=強化担当という認識で問題ないようです*7。
その他の改正項目は、一定の要件を満たせばアカデミーダイレクターとアカデミー監督の兼任が認められるようになったこと、医師の原則ベンチ入りが求められている点などです*8*9。
[Ⅲ]各種基準の小括と運用の各年比較
以上でクラブライセンス制度における各種基準を全てチェックできました。
ただ、4回もかかってしまい、長くなったので全体のおさらいをしておきたいと思います。
まずは各種基準の目的・内容を再確認しましょう。
上記のような基準を充足することでJクラブ全体の水準アップが期待されています。
そして、この中でも特に重要視されているのが財務基準と施設基準。
財務基準では三期連続赤字と債務超過の禁止という形式基準がライセンス申請者を縛ります。
また、ライセンス交付に際して努力が必要な場合は是正措置が通達される可能性もあります。
下表にまとめているのはクラブライセンス制度導入後の是正措置通達数の推移。
このようにライセンス申請者数はほぼ一定ですが、是正措置通達の数は減少傾向。
クラブライセンス制度の影響が明白に出ているデータだと思います。
施設基準で特に重要になるのはキャパシティ、屋根、トイレ、そしてトレーニング施設。
キャパシティとトレーニング施設はJ1ライセンスとJ2ライセンスを分ける重要な基準です。
屋根とトイレはB等級基準の中でも特にハードルの高い項目。
そのため、B等級基準未充足に係る制裁もこの2点に関するものが中心となっています。
下表はB等級基準未充足に係る制裁の各年推移です。
こちらも財務基準の是正措置通達と同様、制裁対象クラブが減少傾向。
実際に、クラブライセンス制度導入により各地のスタジアム等が改修されました*10。
クラブライセンス制度は全国のスタジアム・練習場環境改善に貢献していると言えます。
- 人事体制・組織運営基準は、適切な資格・スキル・経験を持った人を雇って運営しているかを確認する基準
- 数ある担当の中で財務担当とセキュリティ担当が重視されている
- クラブライセンス制度の導入によってJクラブの財務状況やスタジアム等の状況は改善されている
今回でクラブライセンス制度上の各種基準は終わり。
次回はAFC規則との関係を踏まえ、AFC規則との関係規則における各種基準と比較をします。
*1:会計参与は、公認会計士若しくは監査法人又は税理士若しくは税理士法人でなければならないとされている(会社法333条1項)。
*2:理学療法士(メディカルスタッフ)については、Jリーグ規約における「監督、コーチ、ドクターおよびアスレティックトレーナー(原則として公益財団法人日本体育協会公認)等(以下「チームスタッフ」という)」の「等」に該当するものと思われる(Jリーグ規約47条1項3号)。また、アカデミーダイレクターは現在Jリーグ規約107条2項等で規定されているが、クラブライセンス制度導入時(2012年4月1日施行のJリーグ規約)にはなかった。
*3:「3つのフェアプレー宣言」への合意と推進《Jリーグ.jp 2014年4月22日付》。
*4:ホームゲームにおける差別的な内容の横断幕掲出に対し浦和レッズに制裁を決定《Jリーグ.jp 2014年3月13日付》、浦和レッズへの制裁に対するチェアマンコメント《Jリーグ.jp 2014年3月13日付》、差別根絶に向けたJリーグの取組み「JAPANESE ONLY」が投げかけたもの《東京都人権啓発センター TOKYO人権64号 2014年11月20日発行》。
*5:ソーシャル・フェアプレーの浸透に向けた具体的取り組み《Jリーグ.jp 2017年6月15日閲覧》。
*6:Jリーグクラブライセンス交付規則運用細則 2-3〔人事体制・組織運営基準の運用細則〕 P.08 4(2)。
*7:テクニカルディレクターとゼネラルマネージャー《ゆっくりいこう 2011年11月2日付》、プレミア勢の移籍で明暗を分けた、「フットボール・ディレクター」の存在。《NumberWeb 2013年9月10日付》、ドルトムントのミヒャエル・ツォルクなど、SD(スポーツディレクター)の仕事とは?《FCクロコダイル 2015年7月25日付》。
*8:医師の原則ベンチ入りはもともとJリーグ規約でも求められていなかったが、Jリーグクラブライセンス交付規則の改正に合わせて「Jクラブは、すべての試合に、ドクターを同行させなければならない。」を「Jクラブは、すべての試合に、ドクターを同行させ、原則としてベンチ入りさせなければならない。」としている(Jリーグ規約52条3項)。
*9:これら以外の改正項目は次のとおり。まず、P.02の代表取締役について、クラブライセンス制度導入時は株式会社など会社法に規定される法人しか想定されていなかったが、現在は社団法人や財団法人も想定されている。法務担当が法務基準L.06から移動した。
*10:新スタジアム構想検討委員会「スタジアム整備検討に基づく構想書 ~スタジアム整備検討の基本的骨格について「スタジアムは地域活性化の新たな起爆剤」~」(モンテディオ山形、2016)4頁。