なぜ"ACLは罰ゲーム"と揶揄されるのか(2014ACL小括・下)
前回の続きです。
[Ⅳ]移動距離による影響
ACLという大会には中国、韓国、オーストラリアといった他国のクラブも出場します。
すなわちアウェイゲームでは国内リーグとは比較にならないほどの移動距離。
そこで、ゼロックススーパーカップからJ1第14節までの移動距離を算出してみました。
《Googleマップを元に作成》
上記のような結果となりました。
オーストラリア移動などがあるACL出場クラブの負担は文字通り桁違い。
特にサンフレッチェ広島はオーストラリア遠征が二度あったことが大きかったようです。
余談ですが、リーグ戦だけで見るとサガン鳥栖の負担も莫大ですね。
サンフレッチェ広島も関東圏での試合がゼロだったにもかかわらず2番目に多かったようです。
一方、同じACL出場クラブである川崎とマリノスは、リーグ戦では非常に恵まれていました。
naos@熊と雷鳥@naos53あと柏サポさん。これが今のうちの30億という総予算に見合ったターンオーバーです。足らない部分は成長で補うのが「ぶれないサンフレ」です。
2014/05/14 20:46:03
そこはわかって。うちは手を抜いてるんじゃないんですよ。
あと、うちは首都圏との800kmの距離ハンデに文句言わず黙々と戦うクラブですから。
また、上記計算には交通手段の差が考慮されていないことも付け加えておきます。
例えば広島は空港機能が弱いため、関西空港や福岡空港への移動も必要なのです。
この移動の負担を減らすべく、2013年からACLサポートプロジェクトが再開されました。
このサポートの中には移動に関する金銭的補償も含まれています。
2012 年度 第10回理事会 追認事項
《日本サッカー協会 2013年1月17日》
ACLサポートプロジェクト 再立ち上げの件
2007年よりJFAとJリ―グがACLに参加するJクラブをサポートする目的で「ACLサポートプロジェクト」を立ち上げ、2007年は浦和レッズ、2008年はガンバ大阪が優勝した。その後同プロジェクトは一定の役割を果たしたということで、2010年をもって発展的に解消した。しかし、2009年以降、JクラブはACLで上位に進出出来ていない状況である。 JFA・Jリーグ・Jクラブが一体となってACLを盛り上げ、優勝を目指してサポートをするため、Jリーグと協働でACLサポートプロジェクト再度立ち上げることとした。
この手当はありがたいものですが、移動距離による影響は金銭面のみではありません。
日程面での負担にも関わりますが移動時間が長ければ調整時間も減ります。
また、長距離移動・過密日程に対応できない選手もいるのです。
第11回サポーターズカンファレンス議事録
《サンフレッチェ広島 2013年7月20日》
2)チーム強化と選手育成について
繰り返しになりますが、ACLを「捨てた」とか「諦めた」とかいう思いはわれわれにも一切なく、選手、監督にももちろんそんな思いはありません。ただメンバー編成上、週に2試合というペースで試合は進んでいきます。そんな中で連戦をすることで力を発揮できる選手とそうではない選手、しかも長距離の移動が入った時にどうかということを考えると、やはりいつも同じメンバーでは戦えないというのがわれわれの中での結論でした。
このように、サポートプロジェクト自体は良い施策ですが、補いきれない部分もあるのです。
[Ⅴ]経営サイドの事情
最後にチーム運営とクラブ経営のジレンマについても挙げておきましょう。
ご存じの通り、現在Jリーグはクラブライセンス制度というものを導入しています。
経営的な話に限れば、3年連続の赤字と債務超過は認められません。
ここで問題となってくるのが、ACLは投資に見合う大会であるかという点です。
ACLという大会は、賞金の面では決して恵まれた大会ではありません。
ACL Manual 2014
《The Asian Football Confederation 9ページ》
1.2.2 Prize Money, Performance Bonus, and Participation FeesChampion: US$ 1,500,000Runner up: US$ 750,000Clubs taking part in Semi Finals: US$ 120,000Clubs taking part in Quarter Finals: US$ 80,000Clubs taking part in Round of 16: US$ 50,000Per each Group Match win: US$ 40,000Per each Group Match draw: US$ 20,000
1.2.3 Travel SubsidiesVisiting Clubs taking part in Semi Finals and Finals: US$ 60,000Visiting Clubs taking part in Quarter Finals: US$ 50,000Visiting Clubs taking part in Round of 16: US$ 40,000Visiting Clubs taking part in the Group Stage: US$ 30,000Visiting Clubs taking part in the Play-offs: US$ 20,000
1USドル=100円で換算すると、優勝賞金はそれなりのもの(CWC出場権もあるため)。
しかし、優勝以外の賞金は決して高額とは言えません。
ちなみに、ラウンド16で敗退した広島・川崎・C大阪が獲得した500万円というのはJ2リーグ3位ないしJ3リーグ優勝賞金と同額ということになります(遠征補助金や勝利賞金は除く)。
また、観客数という点でもACLは楽な大会ではありません。
ACLは基本的に平日開催であるため、集客に苦戦しているのが現状です。
ただ、ACLの試合で集客に苦しんでいるのは平日開催だけが原因ではありません。
ここで、ACLの試合と平日開催のリーグ戦とを比較してみましょう。
《Jリーグ Data Site、各クラブHP及びスタジアムは超満員!を参考に作成》
このように、リーグ戦の平日開催と比較してACLの方が多かったのは5件。
そのうち、2007年と2008年の浦和は駒場スタジアムで試合を開催したことが原因です。
当然、休日を含んだリーグ戦と比較すると多くのクラブが集客で苦しんでいます。
これはあくまでも推測ですが、地元企業にスポンサードしてもらえないことやメディア露出が少なくなってしまう点も集客に苦しんでいる原因なのではないでしょうか。
以上のことから、ACLではJクラブの収益3本柱のうち、賞金と入場料収入が望めません。
したがって、スポンサー収入(とグッズ収入)に頼らざるを得ないのが現状です。
13年度、過去最高売上高 株主総会で報告
《中国新聞 2014年4月25日》
J1広島は24日、広島市中区のホテルで株主総会を開き、売上高が過去最高の31億9700万円、当期利益が1億3千万円となった2013年度(13年2月~14年1月)の決算を報告した。ACLの決勝トーナメント進出に伴い、遠征費の増加や、大型連休中の開催だった5月6日の横浜M戦が平日の7月15日に変更されるなど、3千万円の利益の減少が見込まれると試算。小谷野薫社長は「新規スポンサーの開拓や新たなグッズ展開など収益拡大に一層取り組まないといけない」と強調した。
4月の株主総会でサンフレッチェ広島はACL出場に伴う3千万円の利益減少を試算。
特に大きかったのはラウンド16進出に伴うGWホーム主催試合の延期でしょう。
祝日開催が平日開催2回に変更となったことで、試合開催のためのコストは倍になったものの収益は倍とならないのですから相応の痛手だったものと推測されます。
出場するためには遠征などでコストが増える。
出場しても賞金・入場料収入は期待できない。
それならば、必要最低限の戦力で挑む方がクラブにとって良いというジレンマが発生します。
さらに、クラブライセンス制度や、Jリーグの降格制度などがちらついていることでしょう。
経営サイドからすれば、この状況で投資をする勇気を持てるでしょうか。
[Ⅵ]上記を踏まえた提言
今回は、2回にわたって"ACLは罰ゲーム"と言われる要因を列挙してみました。
この他にもラフプレーによる負傷の可能性、判定に対する不満、なども耳にします。
本稿ではそういった外部の事情などは外し、あくまでも国内限定の問題点を挙げてきました。
戦力補強やACLで勝てるサッカーを志向するべきという指摘もあるでしょう。
しかし、それ以前に「勝った方が得をする」とまではいかなくても、「勝ってもそこまで損はしない」程度まで環境を整えることなしにACLで勝ち上がることは難しいと考えています。
《Jクラブ個別経営情報開示資料を元に作成》
以前はその負のインセンティブを跳ね返すだけの経営体力がありました。
クラブライセンス制度も含めて、当時の状況から大きく変わっているのが現実です。
ならばできることから1つずつ改善していくしかありません。
簡単ではありますが、ここまでの流れに沿っていくつか改善策を考えてみました。
実現可能性までは考慮してませんし、短期での解決策もあれば長期での解決策もあります。
まず、日程面についてはナビスコカップの配置を調整してはどうでしょうか。
降格制度があり、実力が拮抗している以上、リーグ戦での不公平感は減らすべきです。
リーグ戦の品質を落としかねませんが、ACLの成績とトレードオフだと考えます。
また、GW期間中の過密日程解消は再検討して欲しいところです。
特に4月29日(昭和の日)の試合開催を移動できると日程的にものすごく楽になるはず。
7月後半~8月のミッドウィークに移動することが出来れば経営的な打撃も小さいでしょう。
ただし、ここにはACLの試合が入る可能性もあるので、慎重な検討が必要です。
一方で、GW期間中、ACL出場チームのホーム開催を確保しておきたい。
4月26日から5月6日までにJリーグは4試合(うちACLで1試合延期)ありました。
延期日にはACL出場クラブ同士の対戦を設けるため、どうしてもホーム開催が偏ります。
そこで、5月3日はACL出場クラブのホーム開催を優先的に配置できないでしょうか。
これで少しは興行的にもフォローできるはずです。
ゼロックススーパーカップの日程に関しても改善の余地があります。
今年、サンフレッチェはゼロックスから中2日で初戦を戦わざるを得ませんでした。
しかも会場は国立競技場。ホーム側でしたが広島からは約700km離れた会場です。
集客上の懸念はありますが、ここが金曜開催にできれば初戦を少しは楽に戦えたはずでした。
レギュレーションでは、ACL出場権をナビスコカップ王者に移せないでしょうか。
ナビスコカップ王者にはスルガ銀行チャンピオンシップの出場権が与えられます。
しかし、こちらは例年8月上旬に開催されている大会。
この出場権を交換することができれば日程的な負担が多少改善されます。
移動距離に関しては抜本的な改善案はありません。
その負担を小さくするため以前はチャーター機を借りるなんて話もありました。
ただ、これはクラブにとって非常に重い負担となってきます。
アジア制覇へ7000万円初チャーター機…名古屋
《スポーツ報知 2009年10月2日付》
名古屋がアルイテハド(サウジアラビア)とのアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)準決勝第1戦(21日・ジェッダ)で、クラブ史上初めてチャーター機移動することが1日、分かった。
逆転勝利から一夜明け04、05年にACLを2連覇した強豪との対戦が決定。名古屋は25日に磐田戦(豊田ス)を控えているが、第1戦翌日の定期便がなく、チャーター機で約11時間かけて帰国する。関係者によると、チャーター機使用の約7000万円の費用は日本協会とJリーグ、クラブの3者で分割負担する。関係者のほか、サポーターも乗る予定でMF小川は「勝って、皆で笑顔で帰って来たい」と意気込んだ。第2戦は28日に瑞穂陸で行う。
移動距離の負担を軽減する1つの方法は柔軟な日程変更でしょう。
しかし、ただでさえ過密日程の中で試合日を動かすことで対応するのには限度があります。
ターンオーバーを積極的に行うことが現実的な意味での対応策となってくるでしょうか。
経営面では何よりもまずACLという大会の価値を高める必要があります。
平日開催という理由だけでなく興行的に旨みが少ない大会であることは前述したとおり。
JクラブとJリーグが協力して大会を盛り上げなくては現状は変わらないでしょう。
最後に、やはりスタジアムが重要となります。
川崎フロンターレは3月28日と4月11日に金曜開催を実行に移しました。
金曜、すなわち平日開催による観客数減少は小さくないリスクです。
しかし、この日程変更をしなければACLを中2日で挑むことになっていました。
金曜開催を行うためには平日であっても一定以上の集客が望める環境作りが必要です。
試合日の周知徹底はもちろん、終業後に駆け付けることの出来る立地も重要。
現在、村井チェアマンが全国を行脚してスタジアム整備を訴えています。
この流れを加速させていくことですね。
[Ⅶ]終わりに
以上をもって2014年ACLの小さくない小括とさせていただきます。
本稿の趣旨は、ACLに出場することによって現在生じている負のインセンティブをある程度改善することによって、よりACLに力を注げるようにできないか、というものです。
そして今回調べていく中で改めて確認できたことがあります。
それは敗退の責任をJリーグとJFAだけに押しつけるのはナンセンスであるということ。
今年はワールドカップ開催の影響で5月中旬~7月中旬の日程が端から埋まっています。
その状況でリーグ戦、カップ戦、ACLをこなすスケジュールを組めば過密になるのは当然。
それにもかかわらず過密日程を解消しろという批判をよく見かけます。
むしろ、どうすれば解消できるのか教えて欲しいくらいです。
過密日程の解消は、J1所属チーム削減、リーグ戦2月開幕、秋春制導入、AFCの改革などの検討というように、小手先の取り組みではどうにもならない次元の問題となっています。
もはやACL出場と過密日程は不可分の関係とさえ言っていいでしょう。
今はそれを受け入れ、少しでも負担と疲労を軽減できる方法を模索するべきです。
(ただし、スケジュールの大改革は、ACLとは別の問題として取り組むべきだと考えます)
川崎フロンターレはそのことをよく理解しており、金曜開催に踏み切っています。
Jリーグも柔軟に対応してくれたお陰で中3日で試合に臨むことができました。
余談ですが、サンフレッチェも金曜開催に踏み切れば中2日を2つ減らすことが可能でした。
他にも、日曜開催の再開やサポートプロジェクトなどJFAは支援の姿勢を見せています
しかしJFAが行うのはあくまでもサポートであって全面バックアップではありません。
あくまでも大会に出場するのはACL出場クラブであってJFAではないのです。
大仁会長 ACL日本勢全滅に遺憾の意「ショック。レベルにも影響」
《スポーツニッポン 2014年5月15日付》
日本サッカー協会の大仁邦弥会長は15日、アジア・チャンピオンズリーグ(ACL)決勝トーナメント1回戦で日本勢が全滅したことについて「非常にショック。Jリーグの価値や日本サッカーのレベルにも影響する」と遺憾の意を示した。
日本協会は昨季からJリーグと共にサポートプロジェクトを立ち上げ、遠征費補助などで出場クラブを支援してきた。2季目は早期敗退となり、原博実専務理事は「何年も勝てていないのは理由がある。原因は過密日程だけではない。いろんな角度から考えて結論を出したい」と厳しい表情を見せた。
JFAのサポートが適切であるか十分であるかという議論はまた別です。
むしろ上記の提言以外でもAFCでの発言力向上など求めたいことは沢山あります。
ですが、サポートを受けている身で後ろ足で砂をかけるような行為は如何なものでしょうか。
その行為は「サンフレッチェ広島」という看板に泥を塗っていないでしょうか?
力が足りないのはJFAだけではありません。
クラブも、チームも、そして我々サポーターの力も足りていないからこその結果。
それをしっかりと受け止め、糧にして再チャレンジしなければなりません。
残念なことですが、2010年に得た経験値はほんの2年経過したことで風化していました。
ACLの経験値は毎年出なくては積み上げられないもののようです。
2015年もまたあの舞台で戦えることを願っています。
最後に、今年2月の中国新聞に掲載されたサンフレッチェ広島、ミハエル・ミキッチのインタビューを一部抜粋して締めくくりたいと思います。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
サンフレ2年連続3度目のACL25日初戦 紫のリベンジ
《中国新聞 2014年2月21日20面》
――ACLを勝ち抜くためには何が重要ですか。
単純に言えば、時差と気候の差に対応することだ。私はディナモ・ザグレブ(クロアチア)時代に2度CLに出場したが、移動はすべて1,2時間の範囲だった。長距離移動を伴うACLは厳しい戦いを強いられる。だからホームでの試合はとても意味があるものになる。負ける痛みは大きい。ことしもホームが初戦で相手は去年も戦った北京国安だ。1次リーグは最低3勝。一つでも失うと先に進めないと思っている。
――国内リーグとは違う相手との戦いで得られるものは何ですか。
CLにはマンチェスター・ユナイテッド(イングランド)やACミラン(イタリア)などのビッグクラブが出場する。強豪と戦うことで自分に何が足りないのか、これから何をしなければならないのかを知ることができた。大きな差もあれば、わずかなものもあった。位置取りなど細かい差まで発見できる。若ければ若いほど、モチベーションになる。それはACLでも同じだ。Jリーグでは味わえない貴重な経験となるはずだ。
――ACLの現状をどう見ていますか。
ホームの観客の数が少ない。CLはビッグクラブが出場することもあり、前日からみんなわくわくして、リーグ戦以上に盛り上がる。日本ではリーグ戦にはたくさん来てくれるが、ACLは少ない。チームが勝つためにたくさんのファンが来場してホームの雰囲気をつくり上げないといけない。ホームタウンを世界にアピールできるチャンスでもある。
CLはどの大陸の選手、クラブも憧れる。多額の賞金が入り、クラブは補強などに充てることができる。ACLとは比較にならない。だがACLも大きな大会になれば、フォルラン(C大阪)のような世界的な選手がJリーグにどんどん来るかもしれない。