スタジアム候補地としてみなと公園が「優位」とされたワケ その5(波及効果と結び)
本シリーズは今回で最終回。
最終回となる第5回はまずまちづくり及び都市圏への波及効果をざっくり説明します。
その次に、久保会長による作業部会等に対する批判を簡単にチェック。
それに関連して、スタジアムの資金調達スキームについて確認しておきます。
そして、最後に私見を述べて締めくくりたいと思います。
今回もどうぞよろしくお願いします。
[Ⅰ]まちづくり及び都市圏への波及効果についての評価
いつも通りまずは作業部会による評価を見てみることにしましょう*1。
このように比較した結果、みなと公園が「優位」とされたようです。
要するに周辺が都市集積していれば評価が低く、集積していなければ評価が高い。
率直に、これまで見てきた4つの評価項目以上に恣意的な評価方法だと思います。
批判する論拠は主に3つ。
- 既存都市機能に与える影響と新しく機能を集積することによる効果は別物であること。
- それらを定量的に比較できない以上、優劣の付けようがないこと。
- 仮に、一方が他方に対して優先するのであればその根拠が必要であること。
これらの問題点は協議会の議論では発生していません。
協議会において「まちづくり及び都市圏への波及効果」にリンクする評価項目「経済やまちづくりへの波及効果」について最終とりまとめでは次のように述べられています。
5−4.経済やまちづくりへの波及効果
《広島に相応しいサッカースタジアムについて(提言) 27ページ》
(2) まちづくり効果
特に「旧広島市民球場跡地」では、既存商業地と連携したまちづくり効果が大いに期待される。また、国内外から多くの来訪者がある発信性の高い立地であることから、観光等の情報発信機能との複合により広島都市圏への拡散効果も期待できる。その一方で、原爆ドームや平和公園に旧広島市民球場跡地を含めた世界遺産としての環境は、国際平和文化都市である広島の象徴的な場所として、多面的な視点から利活用を検討すべきという指摘もある。
一方、「広島みなと公園」は、既存旅客輸送機能とあわせた広島の新たな都市核・交流拠点形成に寄与することが期待される。特にメッセ・コンベンション機能等の複合開発が進んだ場合、マツダスタジアム(広島市民球場)のような開発の相乗効果も期待でき、広島のウォーターフロントに多くの来訪者が瀬戸内海と親しめる新たな賑わい空間の創出が期待される。更に、ワールドカップやオリンピックなど将来、大規模な大会が誘致できる拡張性も期待できる。
このように協議会では優劣を付けるのではなく、各候補地の特性を両方評価しているのです。
作業部会の結論と協議会の結論とが全くの別物になってしまっていることが分かります。
決して協議会の評価方法が正しかったとは言いませんが*2、これは乱暴ではないでしょうか。
新しく機能を集積する効果が既存機能に与える影響に優先することは十分考えられる話です。
ただし、それは広島という街・地域においてどのようなまちづくりを行うか。
スタジアムをそのまちづくりにどう活かすのか。
その議論を十分踏まえた上で行うべき評価項目ではないでしょうか。
現実的には他の評価項目と同じように優劣を付けるものではありません。
まさしく論評に値しない優位性比較だと思います。
[Ⅱ]サッカースタジアムに係る資金調達スキームについて①
ここまで5つの評価項目において私個人が認識している問題点について触れてきました。
では、サンフレッチェ広島はどのような点を問題視しているのでしょうか。
サンフレッチェ広島の久保允誉会長がYouTubeで問題点を指摘しています。
動画では主に次の4点を指摘していました。
- 資金調達の計画が練られていない
- 駐車場の絶対数が少ないことと観音マリーナ利用が現実的ではない
- 路面電車で毎時6千人輸送することは一般利用や道路事情的に難しい
- 3万人規模を前提することに同意した覚えはない
いくつか気になる点はありますが*3、2番~4番はここまで説明してきた話です。
本シリーズで触れていない問題点は1番の資金調達プランが練られていないこと。
本テーマから少しズレますが、このポイントをちょっと見ておくことにします。
サンフレッチェ広島によると1月12日に松井市長から借入金返済の説明を受けたそうです*4。
この際に「マツダスタジアム建設時の事業スキーム」という資料を受領したという話。
作業部会の資料*5にもマツダスタジアムの資金調達スキームが入っていることなどを踏まえると*6、どうも作業部会はマツダスタジアムの資金調達スキームを重視しているようです。
ではマツダスタジアムの資金調達スキームとはどういったものかご存じでしょうか。
まず、補助金及び寄附金で賄いきれない部分全てを使用料負担対象(借入金)として試算。
カープにそれだけの負担を強いることは難しいため、使用料は現実的な範囲とする。
そして、使用料負担で賄いきれない部分を広島市、広島県、経済界が協力して分担するというのがいわゆるマツダスタジアムの資金調達スキームです。
[Ⅲ]サッカースタジアムに係る資金調達スキームについて②
さて、サンフレッチェ広島は3月3日の発表時に、広島みなと公園案を拒否しました*7。
その根拠は使用料負担額が大きく、クラブが赤字となる公算が高いことだとしています。
一方、湯崎知事はこの指摘に対し、「サンフレの経営が成りたたないようなスタジアム使用料にすることはあり得ない」*8とコメントしています。
この食い違いが発生する理由は広島市、広島県、経済界の負担額の認識が異なるからです。
まず問題なのが、作業部会が作成した資金調達スキームがほぼ白紙であること*9。
中身を見てみると、建設費とtotoの助成金以外はすべてが空欄という斬新なスキーム。
行政や経済界がどの程度負担して、いくらの借入金を何年間で償還するのかは不明なのです。
これでは検証のしようがありません。
そこでサンフレッチェ広島は3月3日発表時に数字を当てはめた試算を披露しました*10。
後日あったプレスリリース*11と組み合わせると次のような資金調達スキームになるはずです。
しかし、これは作業部会からすると問題のあるスキームに映ります。
この試算ではマツダスタジアムのスキームを参考に計算していますが、広島県、広島市の拠出額をそのまま引っ張っているだけで、マツダスタジアムの資金調達スキームの特徴である「使用料負担で賄いきれない部分を分担する」という考え方に沿っていないからです。
もちろんサンフレッチェ広島もそんなことは分かっていると思いますが。
[Ⅳ]広島みなと公園案における現実的な拠出額
上記試算を踏まえ、サンフレッチェ広島は広島みなと公園案における資金調達スキームにおいて年間使用料が5億円以上になると指摘しています*12。
これに対し、広島県・広島市は年間1億8千万円を念頭に検討していると反論しました*13。
ちなみに1億8千万円というのは協議会における小谷野委員の発言を受けてのものです。
170) #サカスタ協議会18
— ちょっつ☆☆☆ (@chottu_LB) November 20, 2014
【小谷野】
チームの強化費をいくらくらいとみるかにも関係するが、現在J1の中で9位~11位くらい。これに1億5千万~2億円を増やすとJ1の標準。そこで想定すると、今支払っている8千万円に1億円くらいは上乗せできる。
では、年間1億8千万円だった場合、マツダスタジアムの資金調達スキームに当てはめると広島市、広島県、経済界の負担額はどうなるのでしょうか。
なお、下記の試算は年間使用料1.8億円のみで償還するパターンです。
運営・維持管理費*14及びシャトルバス経費*15と他の収入*16は試算に含めていません。
これは試算に含めるには作業部会の試算データに齟齬があって難しいこと*17。
仮に含めるとしても、上記3つの合計額で収支はとんとん。
さらに、本来必要であろう修繕積立金と合計するとほぼ確実に赤字だからです。
このように広島市、広島県、経済界の負担額はマツダスタジアムの時の約2倍となります。
また、広島みなと公園の場合は道路関連整備費*18も誰かが負担する必要があるそうです。
多機能化・複合開発によって収益が得られるというのは計算として甘い。
サンフレッチェ広島が赤字にならなければ相応の公金投入が必要だと思います*19。
作業部会はサンフレッチェ広島に対して、赤字になるという主張の根拠を求めています*20。
しかし、作業部会もまた資金調達スキームを作り込めていないのが現実。
サンフレッチェ広島に赤字となる根拠を求めるのであれば*21、逆に作業部会には黒字となる根拠を正々堂々と出していただきたいと思う次第です。
以上が作業部会の資金調達スキームに関する雑感でした。
[Ⅴ]終わりに=何故みなと公園が候補地として「優位」とされたのか
ここまで5回にわたって何故みなと公園が候補地として「優位」とされたのかを見てきました。
全5回をものすごく簡潔にまとめると次のような感じ。
- 第1回(総論)
- これまでの検討過程の確認、5つの課題を評価項目とすることに対する疑問
- 第2回(スタジアム規模・建設費)
- 適正規模が3万人となった理由の確認、建設費も含めて固執する必要性はない
- 第3回(多機能化・複合開発)
- 用語の意義の確認、収益可能性を評価基準とすることの是非
- 第4回(交通アクセス)
- 旧広島市民球場跡地の検証不足、前提条件(公共交通利用転換と輸送能力)に関する疑義
- 第5回(波及効果と資金調達スキーム)
- 論評に値しないというか
以上の問題点は何故起こったのでしょうか。
私は、大きく2つの失敗があったからではないかと考えています。
1つ目の問題点は基本的な議論の進め方に問題があったことです。
例えば第3回や第4回で問題点として指摘したように評価軸に関する議論が不足していました。
そのため、何故この評価をするのかといった根本的な視点が置き去りにされています。
その他にも協議会では意見が対立することがままありました。
その際にどちらの意見を採用するのかという結論付けの仕方が曖昧だったのも問題でしょう。
この問題点は特に協議会において数多く見られました。
評価や比較を行うのであれば適当に済ませてはいけなかった問題だと思います。
もう一つの問題点が議論の積み上げができていないことです。
県議会で取り上げられ、遅まきながら中国新聞に報じられることになりましたが*22、協議会の公式議事録が存在しないというのは非常に大きな問題でした。
後から協議会の発言内容を確認できないというのも大きな問題です。
それと同じくらい問題なのが各委員が前回の内容を確認できなかったことです。
議事録がないことは、今になって3万がどーのこーのを検証するために必要…というのもありますが、それ以上に当時の協議会で「前回のあらすじ!」ができなかったことを意味します。前回どこまで話したっけ…というのがあやふやな状態で毎回進行するわけです。
— ちょっつ☆☆☆ (@chottu_LB) March 9, 2016
通常の会議であれば参加者が議事録の確認を行います。
それがないから「ああ言ったじゃないか」「いや言ってない」という水掛け論が起こる。
だから議事録は必ず作る必要があるわけです。
協議会では議事録がなかったため議論の積み上げに問題が発生していました。
その一方で、協議会の流れを受け継いだ作業部会でもまた別の問題がありました。
作業部会は協議会の議論をもとに検証していますが、協議会の検証をしていません。
正確に言うと、協議会の報告の一部は検証したが一部は鵜呑みにしているのです。
これがまた議論の進め方として拙い。
例えば第2回で紹介したスタジアム規模の議論がその最たる例でしょう。
今回紹介したように資金調達スキームが成りたたない可能性がある。
それでも3万人という数字を意地でも守り抜くというのは端から見ると非常に不可解です。
その一方で今回紹介した波及効果は協議会の議論を特に説明がないまま無視している。
このチグハグさが説得力を欠く原因になっているのでしょう。
長くなってきましたのでそろそろまとめに入りましょう。
本シリーズは「何故みなと公園が候補地として優位とされたのか」がテーマでした。
私の結論としては評価と議論の仕方がおかしかったからというものです。
誤解して欲しくないのですが、広島みなと公園が候補地として優位でないとは言ってません。
- 協議会・作業部会の進めている議論・検証に明らかな瑕疵がある
- その評価に従って比較することはこれからの広島の未来にとって良くないこと
- 評価するのであればきちんとした評価軸を持って行うべきである
私の主張は上記3点に集約されます。
まともな評価軸で検証しても、みなと公園が「優位」である可能性はあると思います。
なぜなら旧広島市民球場跡地は決して完璧な土地ではないからです。
しかし、駄目なら駄目できちんと説明できるようにするべきではないでしょうか。
以前、松井市長は次のようなことを仰っておられました。
2011年10月27日記者会見「旧広島市民球場跡地委員会について外2件」
《広島市 2011年10月27日》
ただ、私が市政に就くまでの議論というのは、いろいろな意見がある中で、WHYですね、なぜこの意見が駄目で、なぜこの意見になったかという、そこのところが十分に説明されていないというか、皆さんが知り得ていないというところの方が問題が大きいと思ったわけです。
是非とも初心を思い出して真摯に取り組んでいただきたいと思います。
察しのいい方ならお分かりかと思いますが、本稿は昨年7月頃に作成していたものです。
完成に至らなかったそれを最新情報などをもとにブラッシュアップして今回公開しました。
若干時機を逸したような感もありますが、3月中に書き終えることができて良かったです。
なぜこのような結論が導かれたのか、どこに問題があったのか。
そういった点を整理する際にお役に立てたとしたら非常に嬉しいです。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
*1:サッカースタジアムの検討に係るトップ会談の開催結果について《広島県総務委員会提出資料 2015年7月27日》
*2:たとえば、協議会において経済波及効果は建設及び特殊工事に伴う生産誘発等で評価している。つまり、建設費等が高ければ高い方が評価が高くなる。その一方でコスト性の評価において建設費が低ければ低いほど評価が高いのは評価上矛盾している。
*3:例えば、久保会長は広島みなと公園の駐車場を400台だと説明しているが、資料(前掲注1)では、1000台とされている。
*4:広島みなと公園サッカースタジアム(案)における使用料の考察《サンフレッチェ広島 2016年3月23日付》
*5:サッカースタジアムの実現可能性調査の実施状況について《広島県総務委員会提出資料 2016年3月3日》
*6:他の根拠として、第17回サッカースタジアム検討協議会においてマツダスタジアムに関してヒアリングを行っていること、2016年3月9日の広島県予算特別委員会における湯崎知事の発言など。
*7:広島サッカー場、サンフレ独自案発表 久保会長提案説明全文《中国新聞 2016年3月3日付》、広島サッカー場、サンフレ独自案発表 久保会長一問一答《中国新聞 2016年3月3日付》
*8:県議会でサッカー場の質問相次ぐ《中国新聞 2016年3月9日24面》
*9:前掲注5。
*10:「Hiroshima Peace Memorial Stadium」(仮)建設案《サンフレッチェ広島 2016年3月3日発表》
*11:広島みなと公園サッカースタジアム(案)における使用料の考察《サンフレッチェ広島 2016年3月23日付》
*12:年間償還額に運営・維持管理費1.7億円を合計した金額が5億円を超えるとしている。前掲注10、前掲注11。
*13:前掲注8。
*14:作業部会想定は年間1.75億円。前掲注5参照。
*15:サンフレッチェ広島の想定で年間0.4億円。第18回サッカースタジアム検討協議会における小谷野委員の発言参照。
*16:アマチュア利用やコンサート利用などで、作業部会想定は年間2.2億円。前掲注5参照。
*17:例えば、プロ利用の金額が協議会などで出てきた数値と一致せず根拠が分からないこと。協議会で指摘されていたシャトルバス運営経費が考慮されているか分からないこと。プロ利用以外の収入項目の金額が旧広島市民球場跡地とほぼ同じであり、例えば命名権などの試算が甘いこと、などがあげられる。
*18:歩道橋の整備費用で、金額は11.7億円。前掲注5参照。
*19:完全な余談だが、久保会長はサンフレッチェ広島が当該使用料を支払った場合に赤字となる根拠として2015年1月期の数字を用いているが、これは優勝効果があった年のデータ。現実的にはもう少しシビアな数字になるのではないかと推測される。
*20:サンフレッチェ広島と広島県、広島市、広島商工会議所の実務担当者で構成するサッカースタジアム実務者検証作業部会との協議状況について《広島県 2016年3月18日付》
*21:なお、サンフレッチェ広島はホームページ上で赤字となる根拠を示している。前掲注11。
*22:サッカー場有識者協の議事録なし《中国新聞 2016年3月10日26面》