ガンバ大阪の取り組む"募金で建てるスタジアム"
G大阪の新スタジアム7月に着工
《ニッカンスポーツ 2013年1月12日付》
大阪・万博敷地内に建設を目指してきたG大阪のサッカー専用スタジアムが、7月に着工することが11日、分かった。この日、辞任が決まった金森喜久男社長(64)が「7月に(建設が)始まり、完成に20カ月はかかる。15年夏までにはできる予定」と明かした。新スタジアムは4万人規模。
今回は、報道のあったガンバ大阪のスタジアム問題について。
ガンバ大阪のスタジアム問題は広島にとっても無縁ではありません。
西日本に「サッカースタジアム」が少ないというのが1点*1。
もう一点は、長年スタジアム問題に苦しんでいたということがあげられます。
京都サンガ、ガンバ大阪、そしてサンフレッチェ広島。
スタジアムの建設を渇望しながらもなかなか前に進まない3クラブ。
その中で、現在最も可能性の高い位置にいるのがガンバ大阪です。
では、まずガンバ大阪のスタジアムの現状から見ていくことにしましょう。
今回はちょっと長めです*2。
[Ⅰ]ホームスタジアム=万博記念競技場
ガンバ大阪の本拠地、万博記念競技場はその名の通り万博のために作られた陸上競技場。
京都の西京極*3や国立競技場*4ほどではありませんが1972年開場と古い歴史があります。
万博記念競技場
《独立行政法人 日本万国博覧会記念機構 2013年1月12日閲覧》
日本陸上競技連盟第1種公認陸上競技場で、Jリーグガンバ大阪のホームグラウンドです。フィールドは天然芝、トラックは400m8コースを備え、スタンドは21000人が 収容可能です。Jリーグ試合時は観戦されるお客様の熱気にあふれます。
大ざっぱな仕様は上記の通り。
陸上競技場ではありますが、メイン・バックスタンド共にそれなりに傾斜があります。
そのお陰で、バックスタンドからの観戦は思ったほど悪くありませんでした。
ゴール裏はどうしても高さがないのですが。
気になるスタジアムアクセスは下記の通り。
《ガンバ大阪オフィシャルサイトより》
駐車場はスタジアム前に1000台分あるそうですが、一般利用にも使われるそうです。
基本的に、大阪モノレールかJR茨木駅からの臨時バスが基本となるものと思われます。
この環境は本当に広島そっくり。
21,000人収容だからなんとかなっていますが、帰り臨時バスは長蛇の列。
モノレールの券売機も2台か3台しかない上に入場制限もありました。
仮にスタジアムが出来たとしてもアクセス問題に頭を抱えそうです。
[Ⅱ]ガンバ大阪のスタジアム建設までの流れ(※近年)
現在までの流れは下記のブログが分かりやすくまとめておられます。
ただ、上記ブログでは現計画とガンバ大阪を主体として見た流れでまとめられています。
そこで、当ブログは大筋はざっくりと、一部補足するような形で書いていきます*5。
なお、話が被っているため省略している部分は「※まとめブログ参照」と記載しておきます。
①佐野社長の時代以前
古いものまで遡れるだけ遡ってみたところ、1993年に関西国際空港対岸のりんくうタウンにサッカー専用スタジアムを作る構想があったそうです。
「いずみさのまちづくり市民会議」が出したもので、署名活動を目指していたとか。
実際に署名活動があったのかは調べた限りでは分かりませんでした。
りんくうタウン、ドーム式サッカー場構想――大阪府佐野市の市民団体が提案。
《日本経済新聞 1993年9月18日大阪夕刊19面》
比較的近年のスタジアム構想であれば、高槻市移転の話をまず挙げるべきでしょう。
2003年に高槻市市長として再選を果たした奥本努氏が公約に掲げたものです。
ガンバ大阪、高槻に移転? 公約の市長、意欲 【大阪】
《朝日新聞 2003年4月30日30面》
Jリーグ1部(J1)ガンバ大阪が数年後に大阪府の吹田市から高槻市に本拠移転する可能性が出てきた。27日の高槻市長選で再選された奥本務市長が29日、J1の試合があった吹田市の万博記念競技場で取材に応じ「3万人規模のサッカースタジアムと練習場を二つ、三つ造りたい」などと、ガ大阪誘致を前提としたサッカー場建設構想を語った。これに対してガ大阪の佐野泉社長も「サッカー専用球技場は大阪に一つもないし、大歓迎。もし出来たら、ホームスタジアムにする」と明言した。
奥本市長は、新スタジアム建設とガ大阪の誘致を市長選での公約に掲げていた。同市長によると、候補地は京都大学農場(15万平方メートル)となっている場所。具体的な建設計画はまだ固まっていない。
結果的にこの計画が実施されることがなかったのは皆さんご存じの通りです。
この経緯については中立的な視点が少なく、長くなるため割愛することとします。
明らかなのは、佐野元社長の時代からガンバはスタジアム建設に積極的だったということ。
万博記念競技場の21,000人という収容人数が少々手狭だったことが最大の理由でしょう。
これは広島とは逆ですが、身の丈に合わないスタジアムという意味では同じ話です。
ガンバ大阪 4市重点のホームタウン活動 クラブの決意が 地域の心を動かす
《JリーグニュースプラスVol.2 8ページ 2008年4月28日発行》
さらにその先をにらんだとき、佐野社長、桑原常務は口を揃えてこう言った。「次の一手は、スタジアム」。
現在のホームスタジアムである万博記念競技場の最大収容数は2万1000人。ガンバ大阪が2010年に目標とする入場者数1万9000人、収容率90%を考えても早晩、限界に近づく。そこで、収容数3万人、サッカー専用で快適に観戦できる設備はもちろんのこと、試合のないときでも地域の拠点として子供からお年寄りまでが集い、絶え間ない笑顔があふれる「複合型スタジアム」を理想に掲げる。
②金森社長の就任以後
ガンバ大阪のスタジアム構想を語る上で欠かせないのが前G大阪社長の金森喜久男氏。
氏がガンバにやって来たことで一気に前進したといっても過言ではありません。
2008年4月に就任すると7月にホームページで建設計画を発表。
吹田市、茨木市、高槻市、豊中市などが候補に挙げられたため、その前後でスタジアム建設・誘致に向けた署名がにわかに活発化しました。
「新スタジアム」建設にむけて
《ガンバ大阪オフィシャルサイト 2013年1月12日閲覧》
今年よりこの「新スタジアム」建設を最重要課題として、地域行政に頼る形ではなく、ガンバ大阪が建設への更なる前進を進めるべく調整・検討をしております。
ガンバ大阪よりホームタウン重点4市である吹田市・茨木市・高槻市・豊中市に対しまして、『スタジアム建設可能候補地』のご提供のご相談をさせて頂きました。その際に、報道にもございました「吹田市・エキスポランド(休園中)」も候補地の一つとして調整・検討させて頂いております。
- 茨城青年会議所の署名活動(2008年4月頃)
- ガンバ大阪吹田後援会の署名活動(2008年8月頃)
特に積極的だったのは茨木市と吹田市。実際に署名活動を展開しています。
一方で、その間にもエキスポランドの活用方法は2転3転(※まとめブログ参照)しました。
この頃は建設場所が一体どこになるのかすら分からない時期でした。
前回の発表から約1年たった2009年7月、HPで再度スタジアム建設計画を発表。
ここで寄付金募集団体を設立することを発表し、建設場所も万博敷地と明言しました。
「新スタジアム」建設にむけて
《ガンバ大阪オフィシャルサイト 2013年1月12日閲覧》
【建設場所】
建設場所についてですが、報道にもありますとおり、ガンバ大阪がJリーグ発足から使用させて頂いている万博記念競技場がある、万博敷地内での建設を万博記念機構、吹田市、大阪府にお願いしております。
【建設資金・寄付金募集団体設立】
一番大きな要素となる建設資金ですが、この不況といわれる現代において、いま行政にその資金を頼れる時代ではありません。その為、ガンバ大阪は、皆さんの力で寄付金を集めてこの新スタジアムを建設することを考えております。
これでようやく決まったかと思いきや2010年にまたも停滞(※まとめブログ参照)。
2011年6月頃にはガンバ大阪高槻後援会の署名活動がスタートするなど混迷気味
どうなるんだと注目される中、ついに10月に万博での建設決定という報道がありました。
万博内に新スタジアム“ガンバ・パーク”プラン浮上…G大阪。
《2011年10月25日 スポーツ報知》
G大阪は2013年度末の完成を目指している新スタジアムの候補地を、大阪府吹田市の万博記念公園内に決定した。24日、金森喜久男社長(62)らが吹田市にスタジアム建設決定の報告書を提出。新スタジアムは現在のクラブハウスの付近に建設される予定で、閉園中のエキスポランド跡地に建設案が持ち上がっている商業施設と連携するプランも浮上。万博公園に一大“ガンバ・パーク”ができあがる可能性が出てきた。
建設にこぎ着けるため、ガンバ大阪とガンバ大阪吹田後援会は署名活動を展開。
11月から約1ヶ月で206,207筆集め、吹田市に提出しました。
広島のサポーターも協力された方が少なからずいらっしゃったそうです
一方、高槻市については最終的に建設・誘致とはなりませんでした。
下記のブログに詳細が書かれていたのでご紹介しておきます
こういった経緯を経て、2011年12月ついに建設が決定しました。
ガンバ、京都、広島とスタジアム建設には恐ろしく時間がかかることがよく分かります。
[Ⅲ]現計画の特徴(建設費)
では、そのスタジアム計画とはどんなものなのか。
スタジアム建設募金団体公式ホームページを見るのが一番手っ取り早いです。
《スタジアム建設募金団体公式ホームページ 2012年11月3日閲覧》
「寄付」による建設を目指しているということでその手法の方に着目してみます。
広島にとっても参考にするべき所は多いはず。
建設資金の全額を寄付金で賄うだけあってその手法には工夫が散りばめられているようです。
1つ目は寄付特典。
寄付者全員にメモリアルカードが贈呈され、5万円以上寄付した場合はネームプレートを。
これはお寺などの建設・修繕にも良く活用されている方法ですね
2つ目はタイアップ募金。
賛同する企業の売上の一部を募金に回す企画で、まさにwin-win。
現時点ではパティスリーブラザーズのみですが、寄付期限の3月までに増えるかもしれません。
《スタジアム建設募金団体公式ホームページ 2012年11月3日閲覧》
今回はボリュームが多いのでこれ以上は触れませんが、ふるさと寄付金の制度や税制上の取扱いなどにも参考になる点が多くあります。
スタジアム建設募金団体のホームページは頻繁に更新されているため是非とも見てみて下さい*6。
ガンバ大阪の計画は、広島のスタジアム特集にも取り上げられています。
現在はユアスタやフクアリがモデルケースとなっていますが、建設後はこのスタジアムこそが向こう10年間のモデルケースとなることでしょう
[Ⅳ]おわりに
終盤は少し駆け足になってしまいました。
繰り返しになりますが、現計画の部分はスタジアム建設募金団体のホームページご覧下さい。
めざすスタジアムの動画を見るだけでも涎が出てきます
ガンバ大阪は残念ながら2013年シーズンをJ2で戦います。
その責任を取って、スタジアム建設を推進していた金森氏の退任も決まりました。
ただし、後任はスタジアム建設本部本部長を努めていた野呂氏。
絶対にスタジアムを建てるんだという強い意思を私は感じました。
昔からスタジアムを求めながら足踏みを繰り返していたガンバ大阪が先陣を切った格好。
京都でも建設地が亀岡に決定したという話です
2013年1月11日現在、広島は367,454件の署名を集めています。
この2クラブに負けないように私たちも強い意志で前に進まなくてはなりません。
2003年を繰り返してはいけない。
*1:「サッカースタジアム」をホームスタジアムとして使用しているのはセレッソ大阪(キンチョウスタジアム(長居球技場))、ヴィッセル神戸(ホームズスタジアム(御崎公園球技場)、ガイナーレ鳥取(とりぎんバードスタジアム(鳥取市営サッカー場))、アビスパ福岡(レベルファイブスタジアム(東平尾公園博多の森球技場))、サガン鳥栖(ベストアメニティスタジアム(鳥栖スタジアム))の5クラブで、陸上競技場は9クラブ。なお、当ブログでは陸上トラックのないスタジアムを「サッカースタジアムと呼称している。
*2:修正過程でリンク切れが多数あることを確認した。アーカイブがあるものは差し替えているが、アーカイブがないものはそのままリンク切れとなっている点ご了承いただきたい。
*3:正式名称は「京都市西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場」。1942年5月に開場し、1946年の第1回国民体育大会も開催された。参考:第1回大会(昭和21/22年・1946/1947年開催)《日本体育協会 2016年9月24日閲覧》
*4:正式名称は「国立霞ヶ丘陸上競技場」。1958年3月会場。
*5:他クラブのサポーターが調べたものなので不足や間違いは多いはず。そのことを念頭に置いて欲しい。
*6:2016年9月現在ホームページを閉鎖したようなのでInternet Archiveを活用して欲しい。